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【映画】「紙の月」を観た私見・感想

映画-劇場版-紙の月-感想

主演・宮沢りえで注目を浴びた映画「紙の月」(2014年、原作・角田光代著)。

平凡な主婦・梨花(宮沢りえ)が、愛に溺れる狭間で巨額横領事件を起こすという、非現実的で好奇ともいえるプロットに惹きつけられます。

原作のコンセプトは、“お金を介在してしか恋愛ができない女性を描きたかった”というもの。ふれることのない歪んだ心理描写に、読み手は引き込まれてしまうのかもしれません。

心の隙に入り込む見えない罠

映画-劇場版-紙の月-感想

本作では、夫・正文(田辺誠一)との結婚生活で徐々に感じていく気持ちのずれや希薄さが、いつしか梨花の心の中で溝となっていきます。環境を変えて働きに出ることで、修復するためのきっかけをつかもうとする梨花。そこで選んだのが、パートタイムで勤務する銀行の営業職。

これによってストーリーは大きく展開していきます。

仕事で成果を挙げて徐々に顧客をもつようになり、あるとき光太(池松壮亮)との出会いが訪れます。光太は梨花の心の隙に入り込み、梨花は光太に傾倒していく──。これ以降、前述の“お金を介在してしか恋愛できない女”が見えない罠に堕ちていく様が描かれています。

この部分の演出としてひとつ感じたのは、二人の恋愛への発展要素がやや欠けているのではないかという点です。意図的にカットされたのかもしれませんが、このあとの展開を考えると、もう少し色づけする必要があったのではとも思えます。

“金”を介在させることで、失った何かと得た何か

映画-劇場版-紙の月-感想

ひとりの主婦が横領を繰り返し、“愛”と“金”に挟まれ、急場を立ちまわっていく様は狂気じみて映ります。あとさきのことは考えず、目の前で起きていることにだけ場当たりで対処していくという方法は、正常な思考であればふつうは選択しないはず。展開としてはこれが凋落への布石となります。

見方を変えれば、どうなってもいいという覚悟ができて、愛を得るために金を搾取するという観念をもつことは、恐ろしさを感じる反面、清々しいとも思えてしまいます。

梨花を演じた宮沢りえは、「本能で生きる道を選んだ梨花は、ある意味羨ましい」と語っているように、梨花の選んだ道は、人生を賭けた究極の選択ともいえます。

written by 空リュウ


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【映画】「葛城事件」を観た私見・感想

映画-葛城事件-三浦友和-感想

過去に発生した凄惨な凶悪事件をイメージして制作したといわれる映画「葛城事件」(2016年、主演・三浦友和)。

2013年に舞台「葛城事件」が上演されており、本作は映画版としての作品(監督脚本・赤堀雅秋)です。舞台「葛城事件」は、ある無差別殺傷事件をモチーフにした作品だったようですが、映画版は“様々な事件を調べて複合化した”と監督は語っています。

鑑賞前に前評判や寸評などを見聞きした範囲では、無差別殺傷事件に偏重があるストーリーを連想していましたが、映画版では事件よりもむしろ、家族の中で起こる事象にスポットが当てられているように感じました。

「葛城事件」に観る、どこにでもある家族に潜む心の亀裂

映画-葛城事件-三浦友和-感想

本作を鑑賞してまず感じたことのひとつが、登場人物(=キャスト)の構成に違和感がなく、ファーストインプレッションを受け入れられたことです。

主要な登場人物は5人ですが、それぞれの人物設定とキャストがシンクロし、導入部分で拒絶することなく入り込めました。作品を鑑賞するにあたって、これは重要なファクターだと改めて感じます。

とりわけ、一家の主である父・葛城清を演じる三浦友和の迫真の演技に惹きつけられます。個人的に好きな俳優ですが、今までに観た紳士的な役どころとは大きく異なり、独善的かつ抑圧的な父親を見事に演じています。全般的に清の独善的なシーンが続きますが、そんな中でも中華料理屋での1シーンはある意味見もの。

キャスティングについて強いていうならば、死刑廃止を訴える星野順子(田中麗奈)の存在でしょうか。本作を成立させる上では必要な人物設定なのかもしれませんが、個人的には、最後に埋められたピースのような感覚を受けました。

理想の家族像を追い求め、それに近づけようとするあまり、抑圧的に接してしまう父・清。その標的になってしまうのが、引きこもりの次男・稔(若葉竜也)であり、次男をかばう妻・伸子(南果歩)。そして、従順な資質から抑圧的な支配にあらがうことができない長男・保(新井浩文)。

抑圧されるということは自己主張ができず、鬱憤が蓄積されていくことにつながります。家族であれ組織であれ、いずれも同じことがいえますが、抑圧からの逃げ道や、ストレスのはけ口があるのか──。これは“均衡を保てるか”、“亀裂が生じて崩壊するか”の重要な分岐点です。

引き込まれるシーン構成

映画-葛城事件-三浦友和-感想

一般的に、回顧シーンなどを間にはさむ構成はよくありますが、本作では、シーンごとに現在と過去を何度も行ったり来たりします。開始から最後までを時系列では進行させていません。

これを否定的にみる意見も当然あると思いますが、この時系列の入れ替えが、頭から時系列で描写するよりもむしろ、展開に引き込まれる感覚を受けました。個人的には、技巧的であると感じます。

 記憶に残るあと味の悪さ

本作を観たあと確実に残るものは“あと味の悪さ”です。そして、感情は沈んでいくでしょう。

決して映像の中だけの話ではなく、いつ自分の身のまわりで起きてもおかしくないような題材でもあります。

マイナスに作用することがことごとく連鎖し、悪循環がここまでハマってしまうと、感情をえぐられます。そして、記憶にも深く刻まれます。

この感覚に陥った時点で、“本作を受け入れたことになるのだろう”と感じました。

written by 空リュウ

【映画】「64(ロクヨン)」を観た私見・感想

64-ロクヨン-映画-感想

豪華キャストで話題を呼んだ映画「64(ロクヨン)」(2016年、主演・佐藤浩市)。

本作は、原作・横山秀夫著「64(ロクヨン)」の映像化作品であり、昭和64年の7日間に起きた未解決事件(少女誘拐殺人事件)に起因する、多くの人間のその後の人生を描いた傑作ミステリ。前編と後編の2部作で完結しています。

原作・横山秀夫の作品を映像化したもので、以前、映画「クライマーズ・ハイ」(主演・堤真一)を鑑賞しましたが、現場の臨場感があり、横山秀夫作品の映像化は力作になることを実感しました。

本作もそういう心持ちで鑑賞することができるのではないかと思います。ただ、昭和の雰囲気と現実感のある演出のNHKドラマ版「64(ロクヨン)」(2015年、主演・ピエール瀧)とは異なり、本作はどこか非現実的で演出が華美なイメージを受けます。

信念と疑念の狭間で揺れ動く何か

64-ロクヨン-映画-感想

終始警察とメディアの軋轢が鮮明に描かれ、特に強硬的な記者・秋川(瑛太)が際立っているため、県警広報VS記者クラブの印象が強烈に残ります。

幹事社として諸々の情報開示を求める秋川と、警察組織内部の事情により隠蔽を余儀なくされる三上の駆け引きも見どころの一つ。

また、キャリア組の県警本部長(椎名桔平)、警務部長(滝藤賢一)の人物像がスパイスを効かせている点も、警察組織像を程よく印象づけています。

どの組織にも大なり小なりあることですが、縦割り組織の中で、三上のように組織を跨いで正義を貫けるかというと、現実的にはなかなかできません。組織の中で板ばさみになりながらも、上層部への疑念と、真実を追い求める信念の狭間で押しつぶされない三上には感服します。

64に始まり、64に終わる

64-ロクヨン-映画-感想

64に始まり64に終わる本作は、間違いなく大作です。ラストシーンが映画バージョンになっている点も、映像版のテコ入れとして認められるのではないでしょうか。

ミステリの中にも、事件の背景にある人間ドラマ、警察組織内部の縦社会、上司・部下・同期との人間関係、家庭で抱える親子間の問題など、それぞれがストーリーに密接に絡み、緻密に構築されたプロットであることがうかがえます。

受け取り方は人それぞれで、演出や脚本に賛否はあって然るべきですが、原作・横山秀夫の映像化作品は今後も鑑賞していきたいと感じます。

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written by 空リュウ

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