【小説】今村昌弘「屍人荘の殺人」を読んだ感想・私見(考察)

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今村昌弘-屍人荘の殺人-感想-考察-解説

2017年に刊行された今村昌弘デビュー作「屍人荘の殺人」。

本作は同年の第27回鮎川哲也賞を受賞し、さらに国内ミステリランキング三冠を達成した話題作です。くわえて第18回本格ミステリ大賞も受賞して国内ミステリ計四冠。2019年には主演・神木隆之介で映画化もされています。

※「このミステリーがすごい!」「週刊文春ミステリーベスト10」「本格ミステリ・ベスト10」

巻頭の“受賞の言葉”で著者が語っている「読んだことのないミステリを」という言葉通り、“予想だにしない展開”に読み手が面食らうのは必至。一読の意思がある場合、書評・感想の類には目を通さず、とにかく読んでみたほうがいいでしょう。

本作「屍人荘の殺人」を考察するうえでネタバレは避けられず、以下はあくまで読了前提の私見です。

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異色の本格ミステリ「屍人荘の殺人」

神紅大学ミステリ愛好会に所属するメンバーが、映画研究会の夏合宿に参加するというのが事のはじまり。舞台となっているのは娑可安湖近郊のペンション・紫湛荘です。巻頭の紫湛荘見取り図にくわえ、この設定を提示された時点で、あの傑作ミステリがチラついてしまいます。

本作冒頭の“書簡”で不穏な空気を漂わせ、何か思惑があるのだろうと推測している読み手に、某名作を連想させてしまうと否応にも期待値がアップ。端的にいうと、読み手の心をキャッチした代わりに、この時点でハードルがかなり上がっています。

ある意味そのハードルを越えてくる“予想だにしない展開”というのが、バイオテロによって“ゾンビ・パンデミック”が発生するという奇想天外な事態。それによって登場人物が紫湛荘に籠城するという、本作の舞台設定「クローズドサークル」を完成させています。

予備知識なく本作を手に取った読み手のほとんどが、この奇抜な展開に衝撃を受けるはず。この手のジャンルに精通している場合は、“屍人”というワードである種の展開を想定しているでしょう。

ゾンビ・パンデミックによるクローズドサークル

今村昌弘-屍人荘の殺人-感想-考察-解説

特異集団のバイオテロによってつくられたクローズドサークルという着想は、古典ミステリにふれたことのある読み手からすると斬新すぎる展開といえるでしょう。

冒頭の“書簡”である程度の展開には心の準備ができているとはいえ、ゾンビ・パンデミックという異常事態はミステリの舞台設定としては吹っ切っています。その是非はさておき、この構想はデビュー作らしく思いきりがよく、もはや痛快という域。

ただ、読み進めていくうちに、ゾンビの扱いはあくまでクローズドサークルを形成する条件として割り切っていることも垣間見えます。登場人物はパニックに陥ることはなくかなり冷静で、その心理状態には疑問を感じるほど。あくまでパニックホラーではなく、本格ミステリで勝負するという書き手の矜持がそうさせているのかもしれません。

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異例の探偵役・助手役タッグによる本格推理

今村昌弘-屍人荘の殺人-感想-考察-解説

さらに本作の展開が異例であることのひとつに、探偵役のスイッチがあります。

読み手の誰もが、探偵役・明智恭介を中心としてストーリーが展開されていくのだろうと推測しているところで、明智が早々の“退場”。これによって探偵役が剣崎比留子にスイッチします。これも面食らうプロットのひとつです。

もともとの着想が、探偵役・剣崎(女)と助手役・葉村譲(男)のタッグということであれば、退場予定の明智がベタなキャラ設定というのもなるほど頷けます。

探偵役が美少女で、助手役との色恋をほのめかしているあたりはライトノベル感がありますが、助手役であり語り手である葉村視点の描写には、思わずニヤリとする表現もあり、文章力の高さに心地良さを感じます。

本作は話題性のあるダイナミックな仕掛けがひとり歩きしがちですが、そのフックに色褪せない本格推理モノとしても無難に本編を成立させています。トリックそのものに衝撃はありませんが、フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットをすべて解き明かし、探偵役がきっちり回収するあたり、その意欲が伝わってきます。

本作に限ったことではありませんが、どうしてもホワイダニットには共感できない部分がでてきてしまうもの。また、異例の舞台設定でもあるため、ハウダニットについてもつっ込みどころが見つかってしまいます。個人的には、犯人の動機、殺害方法、助手役・葉村の独白あたりに違和感を覚えます。

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本格ミステリとゾンビ・パンデミックの共存は

今村昌弘-屍人荘の殺人-感想-考察-解説

本作が脚光を浴びている所以は、ゾンビ・パンデミックによるクローズドサークルという斬新な仕掛けにあることはいうまでもありませんが、その是非となると賛否両論でしょう。

過去に例を見ない秀作が登場すると、必ずこの手の論議は起こります。個人的には、オカルトやホラーとミステリは基本別物と捉えているので、本作の気風の良さには脱帽です。もちろんホラー要素のあるミステリというものは存在し、それが面白さを助長する作品として仕上がることもあります。ただ、本格ミステリを求めている読み手からすると、非現実的でロジカルではないものは感情的にちょっと引きます。

本作でいうと、その是非というよりは、ゾンビ・パンデミックの起因となった班目機関の終息と主犯格・浜坂の存在がどうも消化できていません。

大味な事件(バイオテロ)を仕掛けた割に、当該機関の扱いと顛末が雑に映り、尻切れという印象が拭えません。ケレン味たっぷりといってしまえばそれまでかもしれませんが。本作冒頭の流れから察するに、ゾンビ・パンデミックとクローズドサークルの殺人は何らかの関連をもって終息するのだろうと推察した読み手も少なくないはずです。

個人的には、「バイオテロの首謀者・浜坂は何らかの方法で生き残り、(一人二役で)菅野と名乗って紫湛荘に潜入し、私怨によってゾンビを絡めた殺人を犯しつつ、最終的には剣崎の命を狙うという筋立てでは」という見立てが空振りに終わり、読了後の心象が空虚なものに。

読後感を表現するとしたら、前述の通り、ある意味で上がったハードルは越えてきたものの着地を誤った、というのがしっくりくる感覚です。

ただ、個人的な感想は抜きにしても、本作「屍人荘の殺人」は、本格ミステリの要素だけでなく、ユーモアのある表現や微細な心理描写など、四冠を達成するだけの条件を満たした秀作であることは間違いありません。

written by 空リュウ

屍人荘の殺人 (創元推理文庫) 今村 昌弘
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