【小説】折原一「異人たちの館」を読んだ感想・私見(考察)

  • LINEで送る

[スポンサーリンク]

折原一-異人たちの館-感想・考察

1993年に書下ろしの単行本として刊行された折原一「異人たちの館」。

本作は、初版の単行本以降、二度文庫化されています。さらに二度目の文庫化から14年の時を経て2016年に三度目の文庫化。文春文庫版のあとがきで著者も語っているように、著者渾身の“マイベスト”でありながら、発行部数は決して多くはないようです。

2018年本屋大賞発掘部門の「超発掘本!」に選ばれたことからも、本作「異人たちの館」の知名度はさらに上がりました。

不朽の名作として名高い本作の叙述トリックは、いくつかの要素が織り交ぜられ、ミスリードを誘発する精巧なプロットのうえに成り立っています。作中作によって本編の現在と虚構の境界を混濁させ、さらに過去実際に起きた事件のアレンジ版を描くことで、読み手が先入観を抱くように巧妙に導いています。

以下はあくまで私見ですが、本作の醍醐味を突き詰めるべく、読了前提としてネタバレで考察しています。

[スポンサーリンク]

プロットの緻密さが際立つ多重文体、叙述トリックの名作「異人たちの館」

本作は、行方不明になった小松原淳の伝記を残そうと、淳の母・妙子が島崎潤一にゴーストライティングを依頼したことが起点となって展開されています。

主人公役のフリーライター・島崎潤一は、純文学の新人賞を受賞したこと以外特筆するものがない、冴えない人物。その一方で、依頼者側の小松原家の面々はどれも特異な人物像で描かれています。小松原家の人物を際立たせるために、対比として島崎潤一の人物像をごくごく普通に印象づけているかのような描写。小松原家の中でも、とりわけ小松原妙子は、読み手に不気味な人物として印象を与えます。

折原一-異人たちの館-感想・考察

小松原一家を含む全体の人物相関からも推察できますが、本作を読み終えて感じることの一つに、相当な時間を費やしたに違いないプロットの緻密さがあります。練りに練られた構成であることを、人物相関に張られている伏線の数と、頻出するテキスト(多重文体)の量が物語っています。子連れ同士の結婚でありながら実は血のつながった関係であることや、父・譲司の正体、淳と島崎の相関など、人物相関にもあらゆる要素が詰め込まれています。作中では、とにかく地の文以外のテキストが多く、独白、短編小説、年譜、関係者インタビューなど、頭の整理がつかないうちに、次から次へと新手の叙述が読み手を揺さぶってきます。

インパクトを与えるもう一つの要素が、過去に実際起こった事件のアレンジ版を作中に登場させている点。大雪山SOS遭難事件と東京埼玉・幼女連続殺人事件を彷彿とさせるストーリーは、現実の過去にタイムトリップさせる十分な効果があります。とりわけ、樹海遭難者の“HELP”文字、幼女連続殺人犯を匂わせる“今田勇子”という偽名は、現実世界の過去とも時空をつなげる効果を担っています。

折原一-異人たちの館-感想・考察

さらに、作中の過去と現在を混濁させる別の要因として“異人”の存在があります。関係者インタビューから浮かび上がる異人が、本編の現在にも存在することから、その正体が誰なのか、読み手は惑乱し、揺さぶられ続けます。ドイツ人貿易商が建てた洋館という設定にも不気味さが漂っていますが、その地下室で異人が登場するシーンなどはホラーに近い描写で綴られ、この人物を強烈な印象として残すことにも成功しています。

[スポンサーリンク]

現在と虚構の境界を混濁させる多重文体

折原一-異人たちの館-感想・考察

独白以外にも頻出しているテキストの数々。中でも小松原淳が幼少期に書いたとされる短編小説は、作中で実際に起きた事故(事件)を綴っているかのように読み手の先入観を導いていきます。読み手は、この内容が事実なのか虚構なのか分からないまま、次から次に登場する短編小説の描写に惑わされます。

多重文体の一つである小松原淳の関係者へのインタビューも、浮かび上がってくる過去を謎多く描いています。淳の妹・ユキの周辺で起きた幼女連続殺人事件、淳の周辺で起きている数々の不審死、不審死に関与しているかのような異人の存在、地下室で目撃された黒い影、徐々に異変を感じさせはじめる淳の言動など、あらゆる手法で伏線を張ってきます。これらの伏線については、あえて謎解きをするよりも、むしろ著者の思惑に身を任せて騙されるほうが回収の醍醐味を味わえます。

そして、本作の挿入歌のように所々で登場する童謡・赤い靴の歌詞“異人さんに連れられて”。小松原妙子が口ずさみ、異人の存在がちらつく要所でもテキストがインサートされています。BGM的な役割でも使われていることから、この旋律が効果的。本作の多重文体の中で、このテキスト(歌詞)だけ特異な用途で使われていますが、著者の巧みな技法の一つとして印象に残ります。

[スポンサーリンク]

独白(モノローグ)が担う叙述トリック

折原一-異人たちの館-感想・考察

全4章、計600ページ超の長編ストーリーに、計10回挿入されている独白。冒頭モノローグ1の文中に「こまつばら」という独白が記述されていることから、読み手はこの独白が小松原淳のものであることを連想します。

本編で小松原淳が過去に西湖界隈の樹海を訪れていることからも、この独白は小松原淳の独白であると読み手にミスリードさせる役割を担っています。

読み手としては、おそらくこの独白はラストでつながってくるのであろうという推測が立ちますが、一方で読み進めていくうちに、この独白の人物は小松原淳ではなく島崎潤一ではないか、という憶測も頭をよぎります。

ラストまでこの独白は小松原淳のものだと思い込んで読み進められた場合は、それなりの衝撃を得られるはずです。もしラストにたどり着く前に、この独白が島崎潤一のものであると気づいた場合でも、本作のプロットの精巧さに感服するのではないでしょうか。

written by 空リュウ

異人たちの館 (文春文庫) 折原 一
created by Rinker

[スポンサーリンク]

テキストのコピーはできません。