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1988年に刊行された綾辻行人「迷路館の殺人」。
本作は綾辻行人作品でシリーズ化されている、“館シリーズ”の3作目にあたります。
本作の舞台は、同作家デビュー作「十角館の殺人」からの流れを受け、建築家・中村青司が手がけたとされる“迷路館”。
「十角館の殺人」はアガサ・クリスティー「そして誰もいなくなった」のオマージュ作品ですが、“クローズドサークル”と“見立て殺人”については、本作「迷路館の殺人」も同様のプロットを踏んでいます。くわえて、本作には作中作(“作中作中作”含む)を用いて新味をブレンドさせています。
そして、作中作では明かされていない真相に迫る巧妙な“叙述トリック”。
以下は、「迷路館の殺人」の作中で幾重にも張られている伏線を推考するため、あくまで読了前提としてネタバレで考察しています。
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作中作の見立て殺人、緻密なプロットの力作「迷路館の殺人」
本作の根幹となっているプロット“作中作”は、作中でいう鹿谷門実のデビュー作「迷路館の殺人」です。同作は鹿谷自身が渦中の人物として巻き込まれた連続殺人事件を題材にしたもの。
推理作家・宮垣葉太郎邸“迷路館”で起こった連続殺人事件は、宮垣に招待された作家4人(と秘書)が被害者となった事件ですが、この4人を遺産相続の資格対象者とした“創作コンテスト”が事の発端となっています。これを基として、犯人の動機がひも付けられ、叙述トリックが形成されています。
本編が作中作であることから、プロローグとエピローグがそれぞれの立ち位置で作中作との相関を担い、のちに明かされる伏線回収の精度を高めています。とりわけ、エピローグで事件の真相に迫っていく島田兄弟の推理談義は、フェア・アンフェアという境界も提示しつつ、作中作と(プロローグとエピローグを含む)本作を両立させています。フェア・アンフェアに言及しているのは書き手の矜持かもしれません。
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クローズドサークルの舞台で仕掛けられた見立て殺人
ギリシャ神話を引用した各部屋の名称と、“作中作中作”の冒頭を描写した見立て殺人。いずれも書き手の趣向が織り込まれた、本作には欠かせない要素となって描写されています。
須崎につづき、清村、林が殺害され、最後に舟丘が殺害されるという見立て殺人の構図。林殺害時のダイイング・メッセージ、舟丘殺害時の密室など、読み手を揺さぶる伏線が随所に張られつつ、作中作だけでも事件の経緯は容疑者・宮垣で一応完結しています。ただ、綾辻作品らしく、本作にはもうひとつ別の衝撃がエピローグに用意されています。
第四章「第一の作品」の須崎殺害について鹿谷が推理する、“犯人の身体から流れ出た血痕を隠蔽する必要があった”という「ミノタウロスの首」の見立て殺人。
これが作中作の第一の殺人であるのと同時に、エピローグで島田勉が指摘しているように、事件の真相究明への転換点となる鍵にもなっています。
「という具合にね、いったん疑ってかかってみると、ある一点を転換のポイントとして、この事件はまったく異なる解釈が可能になってくる。~ 中略 ~」
「その『ある一点』というのは何なんでしょう」
「犯人は何故、須崎昌輔の首を斧で切る必要があったのか」
島田が云うと、鹿谷は顎の先をゆっくりと撫でながら、
「さすがですね」
と微笑んだ。
「で、その答えは?」
「作中ですでに述べられているとおりさ。現場を汚してしまった自分の血の痕を隠すためだろう」講談社文庫<新装改訂版> エピローグ P435抜粋
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作中作とプロローグ&エピローグの相関
本作がある意味力作といえる要素が、作中作とプロローグ&エピローグの相関にあります。その相関は書き手の熱量が伝わってくるような力感があります。
前述のとおり、作中作だけでもミステリ作品として完結していますが、エピローグに用意されている真相に迫る推理が本作の肝。
エピローグの地の文で描写されている、“意図して曖昧に描写されているある人物の「性別」”。これが叙述トリックに絡む連続殺人事件の真犯人説となっています。
どうしてこの小説では、ある作中の人物について、故意に読者の難解を招くような記述がなされているのか。
~ 中略 ~
「白いスーツでも着こなせば、若い頃は“美青年”で通用しただろうなと思わせる」といったきわどい表現もあるが、この人物の性別に関する描写は総じて、どちらとも取れる曖昧な書き方で済まされているのである。講談社文庫<新装改訂版> エピローグ P439抜粋
エピローグで語られる物的証拠のない推理は、伏線を回収する役割を担っていることはいうまでもないものの、作中にもあるようにフェア・アンフェアについてかなり意識しているように感じます。
個人的には、「十角館の殺人」ほどの衝撃は得られませんでしたが、本作「迷路館の殺人」は、書き手の趣向と力感あふれるプロットを十分に堪能できる作品です。
written by 空リュウ
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