そら流│小説・本

【小説】中山七里「護られなかった者たちへ」を読んだ感想・私見(考察)

中山七里-護られなかった者たちへ

2018年に刊行された中山七里「護られなかった者たちへ」。

本作は生活保護受給にまつわる一連の事件を描いた社会派ヒューマンミステリ。2021年に映画化(主演・佐藤健)もされています。

トーリーテラーであり、ラストの仕掛けに定評のある著者渾身の傑作。

映画では、とある人物が原作とは異なる設定で描写されています。原作を読了してから映画を見たほうがいくつかの点で醍醐味がありますが、もちろん映画だけの鑑賞でも楽しめます。

以下は本作を考察するにあたり、ネタバレに近い表現も含まれています。

社会保障制度の表裏を描く社会派ヒューマンミステリ「護られなかった者たちへ」

東日本大震災から4年後、仙台市内の無人アパートで、手足を縛られた状態の餓死した遺体が発見されるという事件が事の発端。

さらに、同様の事件が連続して発生し、いずれの被害者も福祉保健事務所の職員という事実が判明します。

序章は事件を捜査する警察側の視点で進行し、生活保護受給が事件に起因しているのではという筋立てで展開されていきます。

2012年以降150万を超える世帯で受給されている生活保護をめぐり、国の予算に従って受給申請を弾く側の実情と弾かれる側の悲哀を如実に映し出しているリアルな描写。どちらの立ち位置からもフラットな視点で読み手に訴求しています。

倒叙形式を彷彿とさせる描写

中山七里-護られなかった者たちへ

本作では倒叙形式を連想させる展開でストーリーが進行していきます。

宮城県警捜査一課の刑事・笘篠と服役を終え出所した利根の二者それぞれの視点から描かれているプロットは、実に練られたものであり、本作が傑作である所以です。

ミステリに多くふれている読み手からすると、一見平易にも思える展開のどこにフェイクがあるのか、疑心を抱きながら読み進めることになるはずです。

護りたかった者からのメッセージ

中山七里-護られなかった者たちへ

本作はミステリであり、社会保障制度へ一石を投じる意思をも感じる社会派小説でもあります。

完全なネタバレは避ける意味でも明示することはできませんが、とある人物からのメッセージは護られるべき人たちへの訓示のようでもあります。

ラストで明かされる著者渾身の仕掛けは、思わず唸ってしまうしまう秀逸さ。社会福祉の表と裏を垣間見つつミステリの醍醐味も味わえる本作は、一読の価値がある一冊に違いありません。

written by 空リュウ

護られなかった者たちへ(Kindle版) 中山七里
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【小説】真保裕一「覇王の番人」を読んだ感想・私見(考察)

真保裕一-覇王の番人-感想・考察

2008年に刊行された真保裕一「覇王の番人」。

真保作品は「ホワイトアウト」「奪取」「ボーダーライン」などが著名ですが、2020年NHK大河ドラマ「麒麟がくる」の放送によって、本能寺の変に関する作品にも脚光が当たりました。

本作もその一つ。

いうまでもなく明智光秀を主人公として描かれており、“なぜ光秀は信長に背いたのか”という解き明かすことができない謎に一石を投じた意欲作でもあります。

数ある通説の中でも、野望説、怨恨説、暴走阻止説、黒幕説あたりはメジャーな通説として広く知られていますが、本作でも著者独自の見解をアレンジして醍醐味のある構成を成立させています。

本作の考察にあたり、史実との関連からも、本能寺の変に至る経緯を回避することはできず、以下はネタバレを含む表現になっています。

明智光秀の人間性に迫る傑作「覇王の番人」

本作は、とある僧侶の語り(回想)という形式でストーリーが展開していきます。

一連の展開は二者の視点から描写され、一人は光秀、もう一人は光秀が抱える忍び・小平太の視点という特異なプロットで形成されています。

光秀の視点がいわゆる史実に沿った展開であるのに対し、小平太の視点は忍びの世界観らしく極めてスリリングな描写が続きます。上下巻1000ページに及ぶ長編ですが、小平太の章がスピーディーであるため、ある程度のリズムで読み込めます。

謎多き武将として名高い明智光秀ですが、その名が広く知れ渡ることになり、結果として三日天下という謂れに至ったのも、すべては織田信長という異端児に仕えたことに始まります。

本作では光秀の前半生の一部として、斎藤道三に給仕していた時代から展開されていますが、とりわけ著者の光秀に対する思いが伝わってくるのは、その人間性に関する描写です。

謀反という行為そのものから、一般的に「明智光秀=ヒール(悪役)」というイメージがつきがちですが、本能寺の変の研究が進むにつれ、光秀の人間性について見直される傾向にあります。

本作でのそれは、“己の信念に実直で慈悲深い”人物像。全体を通して著者が人間性の描写に腐心していることが窺えます。光秀に仕える忍び・小平太の視点から描写することで、光秀の人格がより浮かび上がる構図になっています。

覇王・織田信長の光秀に対する信頼

真保裕一-覇王の番人-感想・考察

光秀の前半生に不明な部分があるため、通説(1528年生)をもとにすると、光秀が信長に仕えた時点ですでに40という年齢に達していました。光秀の6つ下である信長は当時34。

光秀が享年55歳といわれているので、信長に仕えて約15年という歳月が流れたことになります。

文化人でもあり、朝廷とのパイプ役も担っていた光秀は、粗野な織田家臣団の中でもとりわけ異彩を放っていた武将であることは明らかです。

将軍・足利義昭を信長に担がせて戦乱の世を切り開いた光秀の慧眼、外様でありながら光秀の才能を評価して重用した信長の手腕、多少の意見の相違があったとしても、ベクトルの方向が同じだったことで二人は共鳴したといえます。

作中で光秀が信長に進言することは度々あります。比叡山焼き討ちの際も信長を諫めようと一度は説得に試みます。しかし、頑として曲げようとしない信長の命令に結局は従い、忠実に武功をあげ信長から称賛されています。

信長も光秀の性格は織り込み済みだったと推測します。自らの信念に相反する場合、必ず一言ある人物だが、絶対の命令には忠実に従い、確実に成果をあげる有能な家臣であることを。

“中国大返し”に見る秀吉の才

真保裕一-覇王の番人-感想・考察

備中高松城(現岡山市)で毛利陣営と対峙していた豊臣秀吉は、本能寺の変で信長が襲撃されたれたと知るや、即座に毛利側と講和し、光秀討伐のため決戦の地・山崎(現長岡京市付近)まで急行しました。その距離約230kmともいわれています(中国大返し)。

3万強もの秀吉軍が、わずか10日で京まで駆けつけるとは、さすがの光秀も予想だにしなかったはずです。

太閤記などに記述がある、“光秀が放った密使を捕えた”という逸話が仮に事実だとすれば、秀吉は常日頃から情報戦には長けていたことが類推できます。

本作でも本能寺の変に際し、各方面に放った光秀の忍びがことごとく帰還し得なかったことが描写されており、これは光秀の動向を常に警戒している者がいたことを示唆しています。

機を見るに敏。秀吉の“中国大返し”はまさにそれであり、のちの天下人たる所以でもあります。

一方、本能寺の変以降、光秀の対応は後手にまわっていると言わざるを得ません。与力であった細川藤孝、筒井順慶、高山右近などを組み入れることができず、一世一代の大博打を打った割に、あれだけの実力者でありながら事前にほとんど何の根回しもしていなかったことが露見しています。

光秀の青写真は脆くも崩れ、かたや筒井順慶、高山右近などを味方につけ、細川藤孝を静観させて山崎の合戦に挑んだ秀吉に、時流が味方したということを史実が示しています。

本作の醍醐味は、これら一連の裏を描いた秀逸なストーリーテリングにあります。「本能寺の変によって誰が最も得をしたか」という見地に立てば、フィクションとしては魅力的な作品であることは言うまでもありません。間違いなく著者の筆力を十分に堪能できる必読の一冊に仕上げられています。

補足:諸説から導かれるもの

真保裕一-覇王の番人-感想・考察

本作を読了後、本編の構成をいったん切り離したうえで、本能寺の変の諸説について以下私見で考察。

まず、光秀に天下を取る意志があったかどうかの「野望説」。そもそもこの時代は生半可な気構えでは生き残れない時世。いわば、やるかやられるかの時代。光秀自身に野望があったかどうかは計り知れないが、元々は天下を取るというよりは、どちらかというと室町幕府の再興ために動いていたのではないか。

結果、将軍・義昭と袂を分かつことになったので、野望を抱いたかどうかという点ではこれ以降の心境の変化次第。可能性はゼロではないが、野望だけで変を起こしたと決めつけるのは短絡的な印象。

次に「怨恨説」。まことしやかに伝えられる、徳川家康の饗応(接待)役を光秀が任されたときの逸話。用意した魚が腐っていて信長が激怒し、光秀はその任を解かれ、中国へ出兵(秀吉の援軍)を命じられたというもの。

この逸話が引き金になったというのもにわかには信じられず。仮に怨恨があったとしても、いろんな要因が積もり積もっての話ではないか。そもそも毛利と対峙している秀吉の援軍は既定路線であり、切り離して考えたほうが自然。

少なくとも上記2つの説より有力と思われるものが「暴走阻止説」。

鬼門だった武田勢を家康が撃破したことにより、天下統一が目前に迫った信長。この頃からより一層自我が強くなっていったとの逸話。自己神格化、大陸への出兵など、光秀が諫めても聞く耳をもたないほど暴走モードに突入していた嫌いがある。

天下泰平を望む光秀と、天下統一後のその先まで掲げる信長。ベクトルは同じ方向を向いていると思っていたものの、その大きさの違いに気づいたとき、すでに両者の間に埋めることのできない深い溝が出来ていたとすれば、光秀が何らかの決意を固める可能性はあったのではないか。

また、より有力との見方があるのが「四国説」。

2014年に発見された「石谷家文書」の中から、光秀の家臣・斎藤利三と土佐の長宗我部元親の膨大な手紙のやりとりが見つかったことにより熱を帯びたもの(斎藤利三と長宗我部元親は縁戚関係)。

もともと信長と元親は友好的な関係にあり、光秀がその調整役。しかし、阿波の三好康長が信長に帰順してからはその関係性も暗雲。友好関係から一転、敵対関係(長宗我部討伐)となったことは光秀にとって危急の事態であり、光秀の面目は丸つぶれ。それまでの努力がすべて水の泡になったことで、何らかの感情が芽生えてもおかしくはない。

くわえて、織田家臣団No.2のポジションを争う秀吉が三好康長と縁戚関係を結んだことも少なからず影響しているのではないか。毛利水軍と渡り合える三好水軍を抱き込んだことで、信長が「光秀-元親」ラインより「秀吉-康長」ラインに重きを置いたと光秀が察したとしたらどうか。このとき、佐久間信盛のことが脳裏をよぎり、明日は我が身と先読みした可能性も。

いずれの説もこれが直接の原因だというには何か足りないような印象だが、これらがすべて事実だとすると、光秀が「もう後がない」と判断してもおかしくはない。

当時畿内の織田軍は手薄な状態。信長もわずかな供だけを従え、さらに信忠までも揃っているとなると、信長・信忠父子を討つという視点に立てば、千載一遇の大チャンスということになる。結果が物語るように、事前の根回しなどは一切なく、とにかく大事を成し遂げるということだけに専念した結果であることは想像に難くない。

ただ一つ。

最も信頼していたであろう細川藤孝・忠興父子の追従がないと分かったときの光秀の胸中やいかに──。

written by 空リュウ

覇王の番人(上) (講談社文庫) 真保 裕一
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覇王の番人(下) (講談社文庫) 真保 裕一
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【小説】極致の臨場感!「高野和明」作品おすすめ3選

高野和明-おすすめ小説

エンターテインメント性に長けたプロットで、極致の臨場感を演出する「高野和明」作品。圧倒的な筆力で状景を描写し、疾走感のある展開で一気に駆け抜けていく感があります。

取材と構想に重きを置いている作家らしく、作品数自体は決して多くありませんが、各作品の完成度は高いものばかりです。間違いなく、多くは存在しないストーリーテラーのうちの一人。

その中から一読の価値がある3作品をピックアップしてみました。

極致の臨場感!「高野和明」作品おすすめ3選

以下の作品は「江戸川乱歩賞」受賞作、「このミステリーがすごい!」1位など、著名なタイトルを獲得した名作です。

あらかじめ書評などを読み漁ったりせず、とにかく一度自分の目で確かめてみることをおすすめします。

1. ジェノサイド(上)(下)

高野和明-おすすめ小説

2011年刊行。

2011年「山田風太郎賞」受賞。2011年「週刊文春ミステリーベスト10」1位、2012年「このミステリーがすごい!」1位。

異国の地で極秘任務を受けた傭兵、アメリカ合衆国政府首脳、日本在住の薬学生という、まったく異なる三者それぞれの視点で展開される壮大なSF。

三者が目指すもの、交錯する共通の目標がいったい何なのか。

一気読み必至の大作。必読の一冊です。

ジェノサイド 上 (角川文庫) 高野 和明
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ジェノサイド 下 (角川文庫) 高野 和明
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2. グレイヴディッガー

高野和明-おすすめ小説

2002年刊行。

都内で頻発する猟奇殺人を背景に、追われる者の視点で逃走ルートを切り開いていく、スリル&エンターテインメント作品。

文字通り“疾走感”に長けた傑作です。

悪党気質ながらドナー登録者でもある八神を追う謎の一派と猟奇殺人を追う警察。

二者に挟まれた八神がある使命を果たすため、大捕り物を演じます。

クライマックスの臨場感溢れる描写は、映像として記憶されるはずです。

グレイヴディッガー (角川文庫) 高野 和明
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3. 13階段

高野和明-おすすめ小説

2001年刊行。著者デビュー作。

2001年「江戸川乱歩賞」受賞。2003年映画化(主演・反町隆史)。

前科があり仮釈放中の青年・三上と刑務官・南郷が、過去に起こった殺人事件の調査を行う長編ミステリ。

プロットが秀逸であることは言うまでもなく、登場人物の背景、微細な心理描写など、デビュー作とは思えない圧倒的な筆力を味わえる名作です。

高野作品の中でも外せない逸品。必読です。

13階段 (講談社文庫) 高野 和明
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13階段 [DVD]
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【小説】東野圭吾「危険なビーナス」を読んだ感想・私見(考察)

東野圭吾-危険なビーナス

2016年に刊行された東野圭吾「危険なビーナス」。

2020年10月に主演・妻夫木聡でドラマ化ということで読了。本格ミステリから社会派に舵を切った同作家ですが、本作も脳科学というフィールドに触れ、社会派の領域で描かれています。

以下は本作を考察するうえで読了前提のネタバレを含む表現になっています。

映像化向き社会派ミステリ「危険なビーナス」

獣医・手島伯朗の視点で本作は描かれています。いわゆる三人称一元視点です。

本作も安定のストーリーテリング。東野作品らしく読みやすいのですが、伯朗が美女好きという設定であるためか、いつになく軽めの描写が頻出します。

突如として現れる弟・八神明人の妻を名乗る楓は謎めいた美女として描かれていますが、楓視点でみると伯朗を助手役としても使いこなしています。

色眼鏡で見ると、原作がすでにドラマ化しやすい作風で描かれているようにも。

サヴァン症候群が生み出す偉才

東野圭吾-危険なビーナス

前述した脳科学というのが、サヴァン症候群に関連する事象です。フラクタル図形などは常人が描ける作品ではなく、眺めていると目まいがするほど。

この偉才に着眼したのが八神家の当主・八神康治。本作は、この人物の構想に端を発して展開されています。

脳に電気刺激を与えることによって、人為的に後天性サヴァン症候群を発症させるという医療行為は、いわばパンドラの箱。禁断の領域に足を踏み入れるというのは、東野作品ではよくとられる手法です。

パンドラの箱が隠された小泉の家

東野圭吾-危険なビーナス

母・禎子の死後、取り壊されたという小泉の家は、ラストへの伏線となっています。読み手は、話の流れから小泉の家は“無きもの”として消去しているので、実は実在していたというのは想定外のはずです。

弟・明人は行方不明のままストーリーが展開され、妻を名乗る楓も、妻であることの確かな証拠がないまま事が推移していきます。このあたりの精巧なプロットも、東野作品は外れが少ないといわれる所以。

禎子の死は、意外な人物の欲にかられた行為によって引き起こされた悲劇ですが、本作はその犯人捜しという作品でもありません。

全体的な総括はさておき、描きたいのは人物であり、その過去や背景なのか、と感じたのが本作を読了した率直なところです。

written by 空リュウ

危険なビーナス (講談社文庫) 東野 圭吾
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【小説】マイクル・クライトン「ジュラシックパーク」を読んだ感想・私見(考察)

ジュラシックパーク-マイクルクライトン

1990年に刊行されたマイクル・クライトン「ジュラシックパーク(上・下)」。

“ジュラシックパーク”といえば、真っ先に全世界で大ヒットしたスピルバーグ作品の同名映画を想起するはずです。マイクル・クライトン作品の原作を思い浮かべる人は少数派でしょう。

映画版ジュラシックパークはCGのクオリティも高く、恐竜マニアの期待にも応えた名作ですが、原作を一読すればジュラシックパークそのものの評価はさらに高まるはずです。本作に限らず、どの作品にも共通することですが、厳密には映画版と原作は別物。個人的には映画を観たあと原作を読んだので、原作の価値が映画を上回っています。

原作には細かい描写や骨子となる主張があり、単なるパニック・サスペンスではないことが窺い知れます。

マイクル・クライトンの作品はバイオテクノロジーや医科学的な要素をとり入れたものが多く、そこにスリラー感が加わることで読み手を飽きさせません。間違いなく稀代のストーリーテラーの一人です。

以下は本作を考察するうえでネタバレを含む表現になっています。

色褪せない傑作SF「ジュラシックパーク」

全世界でヒットした映画版ジュラシックパークと比べると、知名度という点では原作は映画版ほど認知されていないと推測します。ただ、前述のとおり、映画と原作は似て非なるものであるため、ここでは映画版と比較することは避け、原作についてのみ考察します。

本作が1990年に発表された作品であることを考えると、時代を経てもその内容は色褪せることなく、後世に継がれる名作であることが計り知れます。

投機的な思惑から形成された一大ビジネス

ジュラシックパーク-マイクルクライトン

ある意味この物語の根源ともいえる存在が、インジェン社の創始者であり、ジュラシックパークの創設者である、拝金主義者のハモンドです。この人物なくしてこの物語は成立しません。

根本的な思想に賛同できるかどうかは別として、“現世に恐竜を再現して世界中から金を集める”という着想は、ビジネスの才覚に長けていると言わざるを得ません。

その手法は、琥珀内部の蚊の血液から恐竜のDNAを採取して復元しようとするもの。バイオの世界をちらつかせているあたりにリアリティを感じさせます。

また、この物語は続編小説「ロストワールド(上・下)」にもつながりますが、ジュラシックパークの前編(上巻)で、ライバル社バイオシンのドジスンも早々に登場しています。ドジスンはハモンド以上にヒール感のある存在に仕立て上げられている人物。ロストワールドでは、このドジスンがある手法で恐竜(源)の略奪を試みますが、その発想が突拍子もなくある意味滑稽に映り、スリルもあっておもしろく描かれています。

洗練されたストーリーテリングと多彩な登場人物

ジュラシックパーク-マイクルクライトン

コスタリカに浮かぶ絶海の孤島・イスラヌブラルで密かにジュラシックパーク創設に着手していた──、という着想に、おそらく読み手の誰もが高揚感を抱くはずです。

そしてパーク全体を運営管理しているのは当該施設自慢のネットワークシステム。さらに、恐竜のDNAを採取し、スーパーコンピュータによってクローンを生成する研究システムの設置。ここにITとバイオテクノロジーを導入しているのはマイクル・クライトンならではといえます。

一方で、ジュラシックパークそのもに警鐘を鳴らしているのが数学者マルカム。この人物は登場して早々にジュラシックパーク破綻について言及し、ハモンドとの対立姿勢を見せています。マルカムを登場させることで、ジュラシックパークが危ういものであることを読み手に悟らせることに成功しています。

物語の進行役という立ち位置では、ハモンドの孫・ティム&レックス兄妹(兄ティム/妹レックス)、古生物学者グラントは欠かせないキャストとして重要な役割を担っています。

妹レックスが破天荒な挙動を繰り返し、兄ティムが少年とは思えないような知識と行動力を発揮して勇敢なグラントと共にピンチを突破していく──。ドジスンの取引に応じたネドリーの仕業でツアーが崩壊し、グラントがティムとレックスを伴って帰還する様は、まさにパニック・アドベンチャーとして描かれています。

生命の倫理に対する畏敬とは──

ジュラシックパーク-マイクルクライトン

本作の“主演”ともいえる恐竜はティラノサウルスであり、ヴェロキラプトルです。

個人的には、ネドリーを殺害したディロフォサウルスが不気味な存在として刻まれましたが、大味な演出はティラノサウルスに任せ、人間を窮地に追いやる立ち位置は知能の高いヴェロキラプトルがその役割を担っています。

本作の恐竜たちは人間のエゴで蘇生された産物であり、平たくいうと、“金儲けのために太古の生物を現代に蘇らせるという、生命の倫理に反する禁断のビジネスに手を染めた”ということに帰結します。

マルカムが発する「カオス理論」にもとづいたセリフは、終始哲学的な文言に徹しますが、この人物の思想を描写することでテクノロジー依存への警鐘、生命の倫理への畏怖を掲示しているといえます。

読み進めているうちに、「おそらく著者の意向をマルカムに代弁させているのだろう」ということは何となく察しがつきます。

ジュラシックパークが単なるパニック・サスペンスではないことの一つに、このマルカムの主張があることは言うまでもありません。特に、後編(下巻)で瀕死の重傷を負った状態で語る生命の倫理観は、本作の根底にある主張をあらわしていると推測できます。

written by 空リュウ

ジュラシック・パーク〈上〉 (ハヤカワ文庫NV) マイクル クライトン
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ジュラシック・パーク〈下〉 (ハヤカワ文庫NV) マイクル クライトン
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【小説】楡周平「プラチナタウン」を読んだ感想・私見(考察)

楡周平-プラチナタウン

2008年に刊行された楡周平「プラチナタウン」。

本作は、2012年にWOWOW連続ドラマWでドラマ化(主演・大泉洋)もされています。

個人的に、時おり何気に読みたくなる経済小説、または社会派もの。中でも楡周平作品は「Cの福音」や「クーデーター」などスリラーもので醍醐味を味わっていたので、経済小説でも未知のストーリー展開に魅せられ、好んで手にとっています。

本作の帯にもコピーがありましたが、“伊吹文明・元衆院議長が石破茂地方創生大臣に薦めた本”としても知られています。

以下は本作を考察するにあたり、ネタバレを含む表現になっています。

現代社会の問題をもフォーカスする「プラチナタウン」

財政破綻寸前の故郷・緑原町を、どうにかして財政再建させようというのが本作の根幹。その町長に抜擢されるのがエリート商社マンの山崎鉄郎という設定ですが、そこに至るまでにひと悶着あるのが楡作品らしい展開です。

本作に登場する人物の中でキーマンとなっているのが、山崎をサポートする同級生の熊沢。ガリバー・パニックに登場する主人公のような、憎めないキャラ設定になっています。

この二人が中心となって故郷・緑原町の財政危機に立ち向かっていくというのが本作のプロットです。

高齢化社会に投げかける発想の転換

楡周平-プラチナタウン

本作の舞台となっているのは高齢化と過疎化が進む東北の片田舎ですが、東北に限らず、日本国内のアクセスの悪い地方自治体は同様の問題を抱えています。

また、箱物行政と揶揄される、公共施設をやたらと建設しているのも地方自治体のとある傾向。そこには多額の運営費がのしかかっています。

これが本作に登場する山崎の故郷を財政破綻させるに至った根源となっています。そのバックに暗躍する町議会のドン・鎌田。議会をまとめて施策として実行できるか、この鎌田と山崎のかけ引きも本作を構成する重要なファクターです。

起死回生の“プラチナタウン”構想

楡周平-プラチナタウン

“田舎にはなく都会にはあるもの”といえば、きりがないほど多くの事例をあげることができます。そしてそれらを求めて若者が都会に出ていくというのが高齢化および過疎化の原因ともいえます。

ただ、発想を転換すると、少なからずその逆も事例が存在します。

豊富な海の幸や山の幸、釣りやキャンプなどのレジャー、その土地ならではの芸術文化など、都会にはない田舎の良さ。紆余曲折あったものの、山崎と熊沢はそこに着眼するに至り、都会にはない田舎ならではの長所を財政再建の切り札にできないか、という発想の転換が本作の肝になっています。

余生を快適に過ごせる街“プラチナタウン”という壮大なプロジェクトであるだけに、いざ着手というところまでの経緯がとんとん拍子で進むので、現実離れしている感は正直否めません。

ただ、そこは目を瞑ったとして、問題山積の現代社会を投影した作品であることは疑いがなく、一読の価値がある傑作ということに相違ありません。

written by 空リュウ

プラチナタウン (祥伝社文庫) 楡 周平
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【小説】貫井徳郎「愚行録」を読んだ感想・私見(考察)

貫井徳郎-愚行録-考察

2006年に刊行された貫井徳郎「愚行録」。

本作は直木賞(第135回)の候補となった傑作ミステリ。2017年に映画化(主演・妻夫木聡)もされています。

重厚な描写で何らかのメッセージを届けるのが同作家の特長ですが、本作においてもそれは同様。ただ、本作には“地の文がない”という点で、同作家の作品の中では特異に映ります。

冒頭の新聞記事、6人からなるインタビュー形式(インタビュイー)の語り、そしてある人物の独白(計6回)で構成された力作。

もし原作を読まずに映画だけ見たという場合でも、本作(原作)は映画とは違う世界観を得られ、一読の価値がある作品として推奨できます。

以下は本作を考察するにあたり、読了前提としてネタバレを含む表現になっています。

主観的証言からみえてくる客観的事実──「愚行録」

前述のとおり、本作はインタビュー形式の語りによって進行していきます。6人の証言によっておぼろげながら全体像がみえてきますが、いずれも主観的な証言のためすべてを鵜吞みにすることができず(信頼できない語り手)、客観的に判断する必要があります。

また、「お兄ちゃん」という挿入で語られる“独白”が、どこで本編と交わってくるのかという疑念も頭をもたげます。

“信頼できない語り手”によって明かされる過去

貫井徳郎-愚行録-考察

6人の関係者による語りはいずれも主観的な証言です。

一家惨殺事件の被害者・田向(夏原)友希恵の過去をたどる証言も、1人の証言では偏りがありますが、複数の証言によって徐々にその人物像がみえてきます。

いずれの証言にもイヤミス感のあるエピソードが盛り込まれ、各人の遍歴が明らかになっていきます。中でもインパクトがあるのが語り手・宮村淳子による「田中さん」に関するエピソード。

この「田中さん」は冒頭の新聞記事に記載されている(育児放棄の)容疑者・田中光子と同一人物です。

宮村淳子によって語られる田中光子のエピソードは、ラストの独白で明かされる真相の伏線となっています。

事件の真相に迫る“独白”

貫井徳郎-愚行録-考察

計6回インサートされている独白は、徐々に何かを形どっているのは察しがつきますが、これが誰の語りなのか、当て推量でしか見当がつきません。

伏線となっているのはやはり前述の宮村淳子によって語られる「田中さん」のエピソードです。この「田中さん」が冒頭の新聞記事の田中光子と同一人物であると推定できれば、謎をひも解いていくひとつの糸口となります。

ただ、構成上、ラスト(6つめ)の独白によってすべてが明かされるというプロットで成り立っているため、5つの独白と6人の語りだけでは全貌を推察するのは困難です。本作についてはむしろ、邪推するよりも書き手の意向に委ねたほうが本作の醍醐味を味わえます。

ラストの独白によって明かされる真実は、「田向友希恵殺害の犯人」、「宮村淳子殺害の犯人」、「光子の娘の父親」の3つ。

いずれの独白も読み手の読後感を後味の悪いものに至らせるに十分な材料です。

また、光子のネガティブな思考には悲哀を感じざるを得ず、ここに書き手の巧みな描写が奏功していることは言うまでもありません。

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愚行録 (創元推理文庫) 貫井 徳郎
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【小説】“脳裏に刻まれる”おすすめ「名作ミステリ」25選

おすすめ名作ミステリ小説

「ミステリを読んでみたいけど、何かおすすめある?」と問われたときに推奨できる作品群を、私見でピックアップしてみました。

名作といわれるミステリ小説は数多く存在しますが、個々の嗜好によって、必ずしもどれもが受け入れられるものではありません。中には数ページ読んだだけで、自分にはちょっとしんどいなと感じる作品もあるはずです。

個人的な嗜好として、ミステリ作品には一定の緊張感とある種の不可思議さを求めるため、恋愛要素が強いもの、冗長的な描写が続くもの、魅惑的要素に欠けるものなどは対象作品から除外しています。

読み手を作中の舞台設定にぐいぐい惹き込み、脳を刺激してくれる作品群を私見で拾ってみました。

“脳裏に刻まれる”おすすめ「名作ミステリ」20選+5選

以下、国内作品・海外作品問わずランダムでピックアップしています。

ランキングではないので、興味がわいた作品をまずは読んでみることをおすすめします。自分に合う作家が見つかれば幸運ですし、さらに見聞を広めるためにもいろんな作風にふれたほうが良いと思います。

1.「そして誰もいなくなった」アガサ・クリスティ

おすすめ名作ミステリ小説-そして誰もいなくなった

1939年刊行。

アガサ・クリスティの代名詞ともいえる名作「そして誰もいなくなった」。

クリスティ作品のランキングでも常に上位に選出される人気作です。

孤島に集まった10人の登場人物にふりかかる、マザーグース「10人のインディアン」になぞらえた連続殺人。

“クローズドサークル”と“見立て殺人”の傑作であり、後世の作家がオマージュ作品を多数刊行しています。

いつかは読まなければならない不朽の名作です。

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫-クリスティー文庫) アガサ・クリスティー
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2.「十角館の殺人」綾辻行人

おすすめ叙述トリック-ミステリ小説

1987年刊行。著者デビュー作。

「そして誰もいなくなった」のオマージュ作品として知られる名作。

本作は新本格ミステリの先駆けとなり、衝撃の叙述トリック作品としてあまりに有名な一冊です。

クローズドサークルの中で起こる見立て殺人は「そして誰もいなくなった」を想起させますが、本作には“島”の章と“本土”の章が加味されており、オリジナルの作品として読み込めます。

突如として訪れる、頭をガツンと殴られるような衝撃の一行が読み手の脳裏に刻まれます。

十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫) 綾辻 行人
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3.「白夜行」東野圭吾

おすすめ名作ミステリ小説-白夜行

1999年刊行。

ヒット作の多い作家ですが、本作は長編ミステリの中でも人気の作品です。伏線が至るところに張られ、つめ跡を残して回収していきます。

近年の著者の作品は社会派作品が多いですが、本作はどちらかというとサスペンス要素の強い“刺さる”名作。

亮司と雪穂の相関、二人の周辺で起きる事件事故が悲哀に満ちていて、読み手を作中の舞台にぐいぐい惹き込んでいきます。

2006年にドラマ化(主演・山田孝之)、2011年に映画化(主演・堀北真希、高良健吾)もされています。

白夜行 (集英社文庫) 東野 圭吾
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4.「幻夜」東野圭吾

おすすめ名作ミステリ小説-幻夜

2004年刊行。

「白夜行」の後継ともいえる長編ミステリ。

(作中の)阪神・淡路大震災を機に動き出した、美冬と雅也の運命は光と影そのもの。

「白夜行」同様サスペンス要素が強く、二人を取り巻く陰鬱とした事件事故が読み手の心象に深く刻まれる一冊です。

2010年にWOWOW連続ドラマWでドラマ化(主演・深田恭子)もされています。

幻夜 (集英社文庫) 東野 圭吾
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5.「告白」湊かなえ

おすすめ名作ミステリ小説-告白

2008年刊行。

2009年本屋大賞受賞。

イヤミス作品としても名高い著者デビュー作。

本作は、5人の登場人物による“独白”によって構成されています。各々が独善的に語る主観描写は、著者ならではの鋭利なアングル。えぐるように心の深淵に迫ってきます。

読後感は著者のセールスポイントでもある“あと味の悪さ”。イヤミス作品の名作といえる一冊です。

告白 (双葉文庫) 湊 かなえ
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6.「江戸川乱歩傑作選」江戸川乱歩

おすすめ名作ミステリ小説-江戸川乱歩傑作選

探偵小説の祖ともいうべき江戸川乱歩。

本作は文字通り乱歩作品の傑作選です。

乱歩といえば明智小五郎ですが、怪奇的でグロテスクな作風も多く、強烈なフェティシズムも色濃く残ります。

個人的には、「屋根裏の散歩者」「人間椅子」が印象的。本作には収録されていませんが、長編「孤島の鬼」などは怪奇的で不気味な世界観が味わえます。

いずれの名作も一読の価値があります。

江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫) 江戸川 乱歩
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7.「八つ墓村」横溝正史

おすすめ名作ミステリ小説-八つ墓村

江戸川乱歩と並び称せられる横溝正史。本作は横溝正史の代表作の一冊としてあげられる名作です。

何度も映像化されているため、ドラマ版のほうで知られているかもしれません。

横溝作品でもっとも有名なのは名探偵・金田一耕助ですが、本作は金田一耕助シリーズの長編作品です。ただ、展開上、中盤あたりからの登場となり、「獄門島」「犬神家の一族」のように活躍するシーンはあまりみられません。

とはいえ、ドラマとはまた違った印象を受ける必読の一冊です。

八つ墓村 (角川文庫) 横溝 正史
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8.「マリオネットの罠」赤川次郎

おすすめ名作ミステリ小説-マリオネットの罠

1977年刊行。

三毛猫ホームズシリーズで有名な著者ですが、本作は著者人気ランキングでも上位にランクする名作。

コミカルなテイストではなく、シリアスなタッチでサイコキラーの連続殺人を描写しています。

ミステリアスな峯岸家の面々、幽閉された少女など、プロットに定評のある著者ならではの意外な展開が待ち受けています。

赤川作品の中でも推奨できる一冊です。

装版 マリオネットの罠 (文春文庫) 赤川 次郎
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9.「アクロイド殺し」アガサ・クリスティ

おすすめ叙述トリックミステリ小説

1926年に発表された不朽の名作。

クリスティ作品の名探偵・“ポアロ”シリーズの3作目。

結果的に“叙述トリック”を世に問うことになった、ある意味革新的な一冊です。

本作は後世に多大な影響を及ぼした名著であり、奇想天外な着想ゆえに、称賛と同時に批判も受けることになった名作。

のちに“フェア・アンフェア論争”を引き起こすまでに至り、アンフェア側の急先鋒S・S・ヴァン・ダインが発表した「ヴァン・ダインの二十則」はあまりにも有名です。

叙述トリック作品にふれるにあたり、必読の一冊といえます。

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫-クリスティー文庫) アガサ・クリスティー
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10.「異人たちの館」折原一

おすすめ叙述トリック-ミステリ小説

1993年刊行。

2018年本屋大賞発掘部門の「超発掘本!」に選出。

あとがきで著者自身が語っていますが、本作は著者渾身の力作。サスペンス要素の強い作品ですが、叙述トリック作品としても有名です。

作中作、独白、年譜、関係者インタビューなどテキストを頻出させ、多重文体で読み手を揺さぶり続けます。

過去実際に起きた事件のアレンジ、“異人”の存在、何者かによるモノローグ(独白)、前のめりになる要素がふんだんに盛り込まれた一冊です。

異人たちの館 (文春文庫) 折原 一
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11.「慟哭」貫井徳郎

おすすめ叙述トリックミステリ小説

1993年刊行。著者デビュー作。

重厚な描写が多いことで知られる貫井作品ですが、本作は著者代表作ともいえる深みのある一冊。

連続少女誘拐事件を背景に、“彼”の視点で進行する描写が奇異に映り、作中の舞台設定に惹き込まれます。

被疑者検挙に尽力する捜査本部の俯瞰と、新興宗教に心の救いを求める“彼”視点の描写はどこで交わるのか。

叙述トリック作品としても知られていますが、著者が届けたいメッセージの余韻が残る秀作です。

慟哭 (創元推理文庫) 貫井 徳郎
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12.「噂」荻原浩

おすすめ名作ミステリ小説-噂

2001年刊行。

ユーモアのある描写などエンターテインメント性で定評のある著者ですが、本作はシリアルキラーが登場するサイコサスペンス。

ベテラン刑事・小暮の冷静かつユーモラスな視点には人情味が感じられ、著者特有の人物描写が映えます。

ラストの衝撃は意外なアングルから練られたプロット。作中に張られた伏線に気づくのは、ラストにたどり着いたときでしょう。

本作は荻原作品の読了有無を問わず推奨できる一冊です。

噂 (新潮文庫) 荻原 浩
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13.「犬神家の一族」横溝正史

おすすめ名作ミステリ小説-犬神家の一族

1972年刊行。

ドラマ化、映画化など多数の映像化作品が存在しています。

横溝正史の代表作にあげられることも多く、おそらく金田一耕助シリーズとしてもっとも有名な作品です。

犬神家の一族といえば、佐清の“白いゴムマスク”と“湖面から突き出た2本の足”を思い浮かべるのも、映像化作品が広く知られている所以でしょう。

犬神佐兵衛の遺書に端を発する一連の殺人事件はまさに一大サスペンス。

日本一有名といっても過言ではない古典トリックは一読の価値があります。

犬神家の一族 (角川文庫) 横溝 正史
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14.「オリエント急行の殺人」アガサ・クリスティ

おすすめ名作ミステリ小説-オリエント急行の殺人

1934年に発表された名作。

“ポアロ”シリーズの8作目。

映像化作品としては「オリエント急行殺人事件」のタイトルで知られています。

本作はクリスティ作品の中でも人気のある名作で、予想だにしない結末にクリスティ作品の真骨頂をみることができます。

クリスティの代表作にもあげられる一冊を避けて通ることはできません。

オリエント急行の殺人 (ハヤカワ文庫-クリスティー文庫) アガサ・クリスティー
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15.「蝶々殺人事件」横溝正史

おすすめ名作ミステリ小説-蝶々殺人事件

1926年に発表された名作。

本作は著者が自選でベスト10に挙げるほどの力作です。

同時期に発表された「本陣殺人事件」と、どちらが名作か当時議論が分かれたのは有名な話。

横溝作品特有のおどろおどろしい雰囲気はなく、都会的でスマートに読める一冊です。

金田一シリーズの影に隠れがちですが、本作は“由利&三津木”シリーズのロジカルな本格ものとして楽しめます。

横溝作品は金田一シリーズだけではないことを証明している傑作です。

蝶々殺人事件 (角川文庫) 横溝 正史
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16.「Xの悲劇」エラリー・クイーン

おすすめ名作ミステリ小説-Xの悲劇

1932年に発表された名作。

ロジカルな作品の王道として必ず名が挙がるエラリー・クイーン。

本作は名探偵ドルリー・レーンで有名な「悲劇」4部作の1作目です。

秀逸なプロットで構成されている本作は、時代を超えて現代でもそのクオリティは色褪せていません。

ダイイングメッセージが示すものとは。一度はふれてみるべき名作です。

Xの悲劇 (角川文庫) エラリー・クイーン
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17.「Yの悲劇」エラリー・クイーン

おすすめ名作ミステリ小説-Yの悲劇

1932年に発表された名作。

「悲劇」4部作の2作目。

Xの悲劇に同じく、名探偵ドルリー・レーンが独特の見地から謎を解き明かしていきます。

Xの悲劇と同じ舞台(ニューヨークとその近郊)ではあるものの、本作はハッター家の面々が奇怪なぶんインパクトがあります。

ホワイダニットに迫るドルリー・レーンの苦悩は必読です。

Yの悲劇 (角川文庫) エラリー・クイーン
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18.「迷路館の殺人」綾辻行人

おすすめ叙述トリック-ミステリ小説

1988年刊行。

“館”シリーズの3作目。

本作にふれてまず目を引くのが“作中作”です(実質的には“作中作中作”)。

特異な条件で形成された“クローズドサークル”は読み手を惹き込む舞台として十分。この条件下で起こる“見立て殺人”が本作のプロットです。

エピローグで明かされる真相は、叙述トリック作品として一読の価値があります。

迷路館の殺人<新装改訂版> (講談社文庫) 綾辻 行人
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19.「ハサミ男」殊能将之

おすすめ叙述トリック-ミステリ小説

1999年刊行。著者デビュー作。

同年第13回メフィスト賞を受賞。

叙述トリック作品としても著名な一冊です。

サイコパスな“わたし”視点の描写に揺さぶられ、伏線に気づきつつもラストまで翻弄されるのは必至。

ハサミ男の犯行を模倣する第三の殺人、その真相を暴くためにシリアルキラーが探偵役をこなすなど、精巧なプロットによって構成されている名作です。

ハサミ男 (講談社文庫) 殊能 将之
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20.「殺戮にいたる病」我孫子武丸

おすすめ叙述トリック-ミステリ小説

1992年刊行。

叙述トリック作品として必ず挙げられる名作。

本作に仕掛けられた叙述トリックはミスリード必至の一級品。巧妙に伏線が張られているものの、一読してそれを読み解くのは至難です。

サイコキラーによる猟奇的殺人の描写がグロテスクなことでも知られていますが、その是非は抜きにしても、一読の価値がある一冊です。

新装版 殺戮にいたる病 (講談社文庫) 我孫子 武丸
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以上が私見でセレクトした名作ミステリ20選ですが、これらに次ぐ名作と呼べる作品群も多数存在するため、追加で5作品をピックアップ。

21.「愚行録」貫井徳郎

第135回直木賞の候補作。インタビュー形式+独白で構成。

愚行録 (創元推理文庫) 貫井 徳郎
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22.「宿命」東野圭吾

秘められたプロットが響く名作。本作発表の前後から社会派推理小説へ推移した感。

宿命 (講談社文庫) 東野 圭吾
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23.「水車館の殺人」綾辻行人

現在と過去。時空を隔てて明かされる事実とは──。

水車館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫) 綾辻 行人
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24.「星降り山荘の殺人」倉知淳

叙述トリック作品。読み手への掲示(テキスト)が頻出。

新装版 星降り山荘の殺人 (講談社文庫) 倉知 淳
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25.「予告殺人」アガサ・クリスティ

フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットいずれも秀逸。

予告殺人 (ハヤカワ文庫-クリスティー文庫) アガサ・クリスティー
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以上がおすすめミステリ25作品です。

個々で感じるものはそれぞれなので、一つでも刺さるものがあれば。

一方で、著名な作品でも個人的には推奨から逸れるものも存在します。

冒頭でも示しているとおり、ミステリ作品には一定の緊張感とある種の不可思議さを求めるため、恋愛要素が強いもの、冗長的な描写が続くもの、魅惑的要素に欠けるものなどは、残念ながら推奨作品としてセレクトするまでには至りません。

以下の著名な作品群は個人的な嗜好と合わず、推奨のテーブルには載らなかったものです。

  • 「アヒルと鴨のコインロッカー」伊坂幸太郎
  • 「イニシエーション・ラブ」乾くるみ
  • 「女王国の城」有栖川有栖
  • 「占星術殺人事件」島田荘司
  • 「僧正殺人事件」S・S・ヴァン・ダイン

written by 空リュウ

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【ミステリ小説】ミスリード必至!おすすめ「叙述トリック」18選

おすすめ叙述トリック-ミステリ小説

ミステリ小説の中でも人気の高い「叙述トリック」作品。

そもそも叙述トリックとは何か──。

ミステリ小説で用いられるトリックの一つで、作中の語り手または地の文によって、読み手の思い込みや先入観を巧みに誘い、ある方向へミスリードさせるテクニックのことをいいます。

いわゆる、アリバイトリックや密室トリックなどの古典トリックとは一線を画し、小説の形式や文体を用いて読み手を欺く手法が多くみられます。代表的なミスリードのテクニックとしては、時系列の入れ替え、作中作、性別・人物の誤認、一人二役(または二人一役)などがあります。

また、フェア・アンフェアが常に隣り合わせの「信頼できない語り手」も叙述トリックでは多く登場します。

ときどき“どんでん返し”を叙述トリックとして紹介している記述をみますが、どんでん返し=叙述トリックというわけではありません。あくまで読み手に先入観を抱かせ、ミスリードを誘うのが叙述トリックです。

叙述トリックが刺さる名作ミステリ7選(+11選)

以下、数ある叙述トリック作品の中でも、インパクトや醍醐味、読後感または余韻を味わえるものを私見で厳選7作品(+11作品)ピックアップしています。評価は個々で異なって当然なので、まずは読んでみることをおすすめします。

「十角館の殺人」綾辻行人 ★★★★★

おすすめ叙述トリック-ミステリ小説

1987年刊行。著者デビュー作。

新本格ミステリの先駆けとなった名作。衝撃の叙述トリック作品として、あまりに有名な一冊です。

不朽の名作「そして誰もいなくなった」(アガサ・クリスティー)のオマージュ作品でもあり、関連づけるなら同作も一読することをおすすめします。

“島”の章と“本土”の章で展開されるストーリーが意味するものとは──。

頭をガツンと殴られるような衝撃の一行が待ち受けています。

十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫) 綾辻 行人
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そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫-クリスティー文庫) アガサ・クリスティー
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「異人たちの館」折原一 ★★★★★

おすすめ叙述トリック-ミステリ小説

1993年刊行。2018年本屋大賞発掘部門の「超発掘本!」に選出。

あとがきで著者自身が語っているように、本作は著者渾身の力作。折原一といえば叙述トリックといわれるほど、この分野の名手とうたわれています。

作中作、独白、年譜、関係者インタビューなどテキストを頻出させ、多重文体で読み手を揺さぶり続けます。

過去実際に起きた事件のアレンジ、“異人”の存在、何者かによるモノローグ(独白)、前のめりになる要素がふんだんに盛り込まれた一冊です。

異人たちの館 (文春文庫) 折原 一
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「殺戮にいたる病」我孫子武丸 ★★★★★

おすすめ叙述トリック-ミステリ小説

1992年刊行。本作の叙述トリックはミスリード必至の一級品。

巧妙に伏線が張られているものの、一読してそれを読み解くのは至難です。おそらく真相が明かされた瞬間、読み手の思考は停止し、ミスリードを解明するため再読することになるでしょう。

また、本作は、サイコキラーによる猟奇的殺人の描写が、あまりにグロテスクなことでも有名。その是非はさておき、叙述トリック作品としては外せない作品であることは間違いありません。

新装版 殺戮にいたる病 (講談社文庫) 我孫子 武丸
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「アクロイド殺し」アガサ・クリスティ ★★★★★

おすすめ叙述トリックミステリ小説

1926年に発表された不朽の名作。名探偵ポアロシリーズの3作目。

クリスティー作品の中でも後世に多大な影響を及ぼした作品としてあまりに有名です。

本作の叙述トリックは、称賛と批判を同時に受け、二次的な余波「フェア・アンフェア論争」を巻き起こしたことでも周知されています。

本作については、書評などの予備知識はもたずに一読することをおすすめします。

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫-クリスティー文庫) アガサ・クリスティー
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「慟哭」貫井徳郎 ★★★★☆

おすすめ叙述トリックミステリ小説

1993年刊行。著者デビュー作。

重厚な描写が多いことで知られる貫井作品の中でも、代表作として名高い深みのある一冊。

連続少女誘拐事件を背景に、“彼”の視点で進行する描写が奇異に映り、読み手を引き込んでいきます。

被疑者検挙に尽力する捜査本部の俯瞰と、新興宗教に心の救いを求める“彼”視点の描写はどこで交わるのか。

叙述トリックもさることながら、著者が届けたいメッセージの余韻が残る秀作です。

慟哭 (創元推理文庫) 貫井 徳郎
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「ハサミ男」殊能将之 ★★★★☆

おすすめ叙述トリック-ミステリ小説

1999年刊行。著者デビュー作。同年第13回メフィスト賞を受賞。

インパクトのあるタイトルが目を引きますが、読了後、このタイトルが本作の主旨を端的に示していると感じる作品です。

サイコパスな“わたし”視点の描写に揺さぶられ、伏線に気づきつつも読み手はラストまで翻弄されます。

ハサミ男の犯行を模倣する第三の殺人、その真相を暴くためにシリアルキラーが探偵役をこなすなど、精巧なプロットによって構成されている傑作です。

ハサミ男 (講談社文庫) 殊能 将之
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「迷路館の殺人」綾辻行人 ★★★★☆

おすすめ叙述トリック-ミステリ小説

1988年刊行。綾辻作品“館”シリーズの3作目。

「十角館の殺人」の流れからか、“クローズドサークル”の舞台で起こる“見立て殺人”が本作のプロットです。

そして新味をブレンドしているのが、叙述トリックに絡んでくる“作中作中作”。

エピローグで語られる伏線回収の件は、著者の矜持を感じるフェア・アンフェアの境界線でもあります。ラストの真相究明に迫る談義によって、読み手はもうひとつの衝撃を受けることになります。

迷路館の殺人<新装改訂版> (講談社文庫) 綾辻 行人
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以上があくまで私見による叙述トリック作品の傑作7選ですが、以下の叙述トリック11作品も読了したうえでの厳選7選としています(叙述トリック作品以外のミステリ作品は今回は含まず)。以下の作品も精巧なプロットで構成された名作です。個々の感性によって、マイベストになり得る作品群なので、ぜひ一読することをおすすめします。

「仮面山荘殺人事件」東野圭吾

帯のコピー「スカッとだまされてみませんか」がこの作品の謳い文句。東野作品らしく、読みやすく著者の思惑通りに読み進めてしまう一冊です。

「ある閉ざされた雪の山荘で」東野圭吾

特異な舞台設定で起こる連続殺人。劇中の殺人はどこまでが事実なのか、という疑心暗鬼を抱かせる技巧的な作品です。

「霧越邸殺人事件」綾辻行人

クローズドサークルの幻想的な舞台で次々と起きる見立て殺人。綾辻作品ならではの独特の世界観が読み手を引き込みます。

霧越邸殺人事件<完全改訂版>(上) (角川文庫) 綾辻 行人
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霧越邸殺人事件<完全改訂版>(下) (角川文庫) 綾辻 行人
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「修羅の終わり」貫井徳郎

連続交番爆破事件を背景に、三者視点の展開がどこで交わってくるのか。とりわけ陰鬱とした公安内部の事象が記憶に残る作品です。



「夜歩く」横溝正史

某作と同じ手法が用いられている叙述トリック作品。論点はやはり同作と同じ点に尽きますが、これをどう受け取るかは個々の判断に委ねられます。

夜歩く (角川文庫) 横溝正史
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「蝶々殺人事件」横溝正史

金田一の影に隠れがちな“由利&三津木”シリーズですが、本作はロジカルな本格派。横溝作品特有のおどろおどろしい雰囲気はなく、スマートに読める一冊です。個人的には「本陣殺人事件」よりもこちら。

蝶々殺人事件 (角川文庫) 横溝 正史
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「マリオネットの罠」赤川次郎

赤川作品らしく、全体的に読みやすい一冊。シリアルキラーの存在が際立ち、卓越したプロットによって構成されています。ラストで本作タイトルの趣旨も示されています。

装版 マリオネットの罠 (文春文庫) 赤川 次郎
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「倒錯のロンド」折原一

同作家の十八番そのままに、緻密なプロットで構成された叙述トリック作品。書き手が導くミスリードへ預けるほかありません。


「倒錯の死角 201号室の女」折原一

倒錯シリーズの2作目。常軌を逸した事象の連続に読み手は揺さぶられます。ラストの展開は著者の意向が反映されたものでしょう。

倒錯の死角 (講談社文庫) 折原 一
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「ロートレック荘事件」筒井康隆

書き手の作為によって特異な印象が残る作品。これが受け入れられるか否かは読み手の感性次第でしょう。作品自体は214頁と短くまとめられています。

「星降り山荘の殺人」倉知淳

作者からの挑戦状ともとれるテキストが頻出。叙述トリックを看破してミスリードを回避できるか、一読の価値がある作品です。

新装版 星降り山荘の殺人 (講談社文庫) 倉知 淳
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ドラマ-リバース-湊かなえ-藤原竜也-感想-第1話関連記事:【小説】“脳裏に刻まれる”おすすめ「名作ミステリ」25選

【小説】今村昌弘「屍人荘の殺人」を読んだ感想・私見(考察)

今村昌弘-屍人荘の殺人-感想-考察-解説

2017年に刊行された今村昌弘デビュー作「屍人荘の殺人」。

本作は同年の第27回鮎川哲也賞を受賞し、さらに国内ミステリランキング三冠を達成した話題作です。くわえて第18回本格ミステリ大賞も受賞して国内ミステリ計四冠。2019年には主演・神木隆之介で映画化もされています。

※「このミステリーがすごい!」「週刊文春ミステリーベスト10」「本格ミステリ・ベスト10」

巻頭の“受賞の言葉”で著者が語っている「読んだことのないミステリを」という言葉通り、“予想だにしない展開”に読み手が面食らうのは必至。一読の意思がある場合、書評・感想の類には目を通さず、とにかく読んでみたほうがいいでしょう。

本作「屍人荘の殺人」を考察するうえでネタバレは避けられず、以下はあくまで読了前提の私見です。

異色の本格ミステリ「屍人荘の殺人」

神紅大学ミステリ愛好会に所属するメンバーが、映画研究会の夏合宿に参加するというのが事のはじまり。舞台となっているのは娑可安湖近郊のペンション・紫湛荘です。巻頭の紫湛荘見取り図にくわえ、この設定を提示された時点で、あの傑作ミステリがチラついてしまいます。

本作冒頭の“書簡”で不穏な空気を漂わせ、何か思惑があるのだろうと推測している読み手に、某名作を連想させてしまうと否応にも期待値がアップ。端的にいうと、読み手の心をキャッチした代わりに、この時点でハードルがかなり上がっています。

ある意味そのハードルを越えてくる“予想だにしない展開”というのが、バイオテロによって“ゾンビ・パンデミック”が発生するという奇想天外な事態。それによって登場人物が紫湛荘に籠城するという、本作の舞台設定「クローズドサークル」を完成させています。

予備知識なく本作を手に取った読み手のほとんどが、この奇抜な展開に衝撃を受けるはず。この手のジャンルに精通している場合は、“屍人”というワードである種の展開を想定しているでしょう。

ゾンビ・パンデミックによるクローズドサークル

今村昌弘-屍人荘の殺人-感想-考察-解説

特異集団のバイオテロによってつくられたクローズドサークルという着想は、古典ミステリにふれたことのある読み手からすると斬新すぎる展開といえるでしょう。

冒頭の“書簡”である程度の展開には心の準備ができているとはいえ、ゾンビ・パンデミックという異常事態はミステリの舞台設定としては吹っ切っています。その是非はさておき、この構想はデビュー作らしく思いきりがよく、もはや痛快という域。

ただ、読み進めていくうちに、ゾンビの扱いはあくまでクローズドサークルを形成する条件として割り切っていることも垣間見えます。登場人物はパニックに陥ることはなくかなり冷静で、その心理状態には疑問を感じるほど。あくまでパニックホラーではなく、本格ミステリで勝負するという書き手の矜持がそうさせているのかもしれません。

異例の探偵役・助手役タッグによる本格推理

今村昌弘-屍人荘の殺人-感想-考察-解説

さらに本作の展開が異例であることのひとつに、探偵役のスイッチがあります。

読み手の誰もが、探偵役・明智恭介を中心としてストーリーが展開されていくのだろうと推測しているところで、明智が早々の“退場”。これによって探偵役が剣崎比留子にスイッチします。これも面食らうプロットのひとつです。

もともとの着想が、探偵役・剣崎(女)と助手役・葉村譲(男)のタッグということであれば、退場予定の明智がベタなキャラ設定というのもなるほど頷けます。

探偵役が美少女で、助手役との色恋をほのめかしているあたりはライトノベル感がありますが、助手役であり語り手である葉村視点の描写には、思わずニヤリとする表現もあり、文章力の高さに心地良さを感じます。

本作は話題性のあるダイナミックな仕掛けがひとり歩きしがちですが、そのフックに色褪せない本格推理モノとしても無難に本編を成立させています。トリックそのものに衝撃はありませんが、フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットをすべて解き明かし、探偵役がきっちり回収するあたり、その意欲が伝わってきます。

本作に限ったことではありませんが、どうしてもホワイダニットには共感できない部分がでてきてしまうもの。また、異例の舞台設定でもあるため、ハウダニットについてもつっ込みどころが見つかってしまいます。個人的には、犯人の動機、殺害方法、助手役・葉村の独白あたりに違和感を覚えます。

本格ミステリとゾンビ・パンデミックの共存は

今村昌弘-屍人荘の殺人-感想-考察-解説

本作が脚光を浴びている所以は、ゾンビ・パンデミックによるクローズドサークルという斬新な仕掛けにあることはいうまでもありませんが、その是非となると賛否両論でしょう。

過去に例を見ない秀作が登場すると、必ずこの手の論議は起こります。個人的には、オカルトやホラーとミステリは基本別物と捉えているので、本作の気風の良さには脱帽です。もちろんホラー要素のあるミステリというものは存在し、それが面白さを助長する作品として仕上がることもあります。ただ、本格ミステリを求めている読み手からすると、非現実的でロジカルではないものは感情的にちょっと引きます。

本作でいうと、その是非というよりは、ゾンビ・パンデミックの起因となった班目機関の終息と主犯格・浜坂の存在がどうも消化できていません。

大味な事件(バイオテロ)を仕掛けた割に、当該機関の扱いと顛末が雑に映り、尻切れという印象が拭えません。ケレン味たっぷりといってしまえばそれまでかもしれませんが。本作冒頭の流れから察するに、ゾンビ・パンデミックとクローズドサークルの殺人は何らかの関連をもって終息するのだろうと推察した読み手も少なくないはずです。

個人的には、「バイオテロの首謀者・浜坂は何らかの方法で生き残り、(一人二役で)菅野と名乗って紫湛荘に潜入し、私怨によってゾンビを絡めた殺人を犯しつつ、最終的には剣崎の命を狙うという筋立てでは」という見立てが空振りに終わり、読了後の心象が空虚なものに。

読後感を表現するとしたら、前述の通り、ある意味で上がったハードルは越えてきたものの着地を誤った、というのがしっくりくる感覚です。

ただ、個人的な感想は抜きにしても、本作「屍人荘の殺人」は、本格ミステリの要素だけでなく、ユーモアのある表現や微細な心理描写など、四冠を達成するだけの条件を満たした秀作であることは間違いありません。

written by 空リュウ

屍人荘の殺人 (創元推理文庫) 今村 昌弘
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